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車のデザインからテンプレ社会の話に 

ずっと車が好きだったが、今はそんな恋心も冷めた。
新型発表のたびにワクワクさせられたあの頃・・・。
それを思い出すような記事がちょっと前にあった。

The 100 ugliest cars(英語)―元ネタ
「史上最も醜い車」ランキング100台発表(痛いニュース)―その記事への反応

好き嫌いは各人の嗜好によるもので
美しいと思うものに『正解』なんてないはずだ。
私もこの記事を面白いとは思ったが、
決してランキングには共感していない。
まあ、人それぞれ感じ方は違ってていいと思う。

子供の頃に憧れた車がVWサンタナだったという私が
車のデザインとか壮大な話に触れていいのだろうか。
VW_S020_F001_M002_1_L.jpg
▲社会人になって夢を叶えた(買った)サンタナ
夢は夢のままにしておいたほうがいい、ということもあると知った。



かの頃と比べると、今の車は没個性だと思う。

“車は工業製品として
安全で確実な機能性を備えるべきである”

―みたいな理想に近づけるために、
先人たちは創意工夫して、くり返した失敗の中から
『正解』のようなものを導き出してきたのだ。

おかげで今では「ここはこの通り作れば大丈夫だ」という
『正解』があって、比較的楽にいいものができるだろう。

もはやテンプレートだ。
先人たちが考えつくしたものを使うだけでいいのだ。
正しい事例を用途に合わせて組み合わせていき
テンプレートがない部分だけを新しく作ればいい。
そしてそれは今後のテンプレートになる、と。

「先人の知恵の結晶」といえば聞こえはいいが
今を生きるものの創造力が重要でなくなる。
そのせいで没個性が進んでいるんじゃないか。

きっと『正解』に近いものほど優れているのだろう。
空力に“優れた”形状で、人間工学的に“優れた”サイズで
燃費に“優れた”エンジン、“優れた○○”“優れた△△”・・・。

そんな言葉が顧客の心をつかんでいるのなら仕方ない。
多くの人々はより“優れた”ものを求めているのだ。
いや、もしかしたら、車を選ぶ基準にこそ、
没個性なテンプレートがあるのかもしれない。

車に限らず、今や社会全体が没個性で
テンプレート化しているように見える。
生きていると、いたるところで遭遇する局面も
考える前に答えを求めているような気がするのだ。

この場面ではこうすればいい―
この問題はこれが正解―

と、用意された答えを探していないか。
自分なりの答えでいいんだと思わないか。
まちがうこと、迷うことを避けていないか。

RPGに例えると、
本来の楽しみ方である『冒険』を知らないのだ。
攻略本を見ながらさっさと解いて
機械的に2周目をやっているような感じだ
(レベル上げとか苦行になってくるよね)。

人は身の丈に合わない挑戦をしない限りは
ちょっとコケたぐらいで死ぬことはない。
むしろそのあとに、コケないための知恵がつく。
先人の知恵でケガを予防することも大切だが
自分でコケないと身につかないこともあるだろう。


冒頭の「醜い車」と揶揄された製品たちも
ただコケただけの先人たちだと思うと
じゅうぶん尊敬できるスゴイ奴らに見えてくる。

13589023.jpg
▲コイツはどうかと思うけどなー

なんか社会的な話になってしまった。
そう、おいら根は真面目なんだぜ。
森山直太朗―生きてることが辛いなら
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