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人生の再起動、とのこと。 

 ちょっとしたショック。

 まずはこちらをお読みください。「住さん休載のお知らせ」

 住さん、好きでした。…って、なんか卒業式の告白みたいになりましたが、もちろんヘンな意味じゃないデス(当方男子なり)。


 淡々とした語り口。それでいてシュールな笑いを織り交ぜて、独特の読後感を与えてくれた住さん。

 腰を痛めて辛そうなのになお、それすらネタにして私たちのハートをキャッチしてくれた住さん。

 3年ぐらい前にmixiをやってたころ、住さんを見つけたときには5分もたたないうちに足あとを返してくれたこともありました。ちなみに真っ昼間です。きっと仕事中に...(略)


 闘魂詩を読み上げるアントニオ住さんを思い浮かべたのはきっとウェブマスターだけではないはず。ちなみにボクは、闘魂詩で涙が出そうになったのは生まれて初めてです。


 人生の「再起動」か…。住さんが言うとかっこいい。

 ボクもあと5年ほどで今の住さんの年齢になりますが、はたしてそのころまでに「再起動が必要」と言えるほど精一杯の人生を生きているかな?フリーズしまくって“しかたなく”再起動するようなことになっていないだろうか。そうならないよう頑張らねば。

 住さんの今後益々のご発展とご健勝を心よりお祈り申し上げます。


 以上、投函することのないファンレターでした。
 
 
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一人ひとりは「1未満」だ 

「1たす1は3にも4にもなる」

これ、よく仕事の人間関係で出てくるコトバだ。

たしかに、いい人間関係を築いて
一人より二人で
それ以上のことができるなんて言うし
これまでもそう思うことはたしかにあった。

でも、待てよ。

人間誰しも得意・不得意がある。
数式風に書くと、

(一人)=(得意)-(不得意)

なのではないか。

「得意分野」を極めた人も
「不得意分野」が必ずあって
それを常に克服しようとか、隠そうとか
忘れようとか気づかないふりとかしている。

ということはやっぱり「一人」っていうのは
どうがんばっても「1未満」じゃないか。


あ、これじゃ冒頭の「1たす1は…」の前提が崩れる。
じゃあ、先人の言葉はまちがいなのか?
でも人と人の「化学反応」みたいなものって
やっぱりあるけどなぁ。

たとえば、こう考えてみる。

得意「8」:不得意「2」の人がいたとする。
いわば一人前ならぬ「0.8人前」だ。
あと「0.2」を補える人がいれば
はじめて「1」の仕事になる。

そして、その「0.2」を補ってくれた相手の
不得意を補って「1」にすることができれば

自分「1」+相手「1」=「2」

の仕事ができるということになる。
元々は

「1未満」+「1未満」=「?」

だった者どうしなのに…
アラ不思議な公式!
でもこれが、あの「化学反応」ではなかろうか。


一人ひとりは「1未満」だ。
どうあがいても「1」になることはできない。
むしろ「1」になろうとか、
「自分は『1』だ」とか思うな。
できないことはできないと認めて
素直に補ってもらうことができれば、うんとラクだから。

そうして補ってくれる人をみつけたとき、
はじめて人は「一人前」になるんだと思う。
 
 

ブログとは公開ボヤキだと思うのだ 

時間をあけてから前回のエントリーを読み返した。

幸いにも今のところ私の周囲ではインフルが蔓延していない。
幸い、殺人事件とも無縁。
だからつい、他人ごととしてボヤいてしまった。
明日は我が身、軽々しく論じちゃいけないのかもしれない。
感染者のみなさま、被害者のみなさまが
万が一私の文章で気分を害されたら
本当に申し訳ないと思います。

あんなこと、テレビとか論評で言ってしまったら
限りなくNGなんだろうなと思ったから勝手に謝罪文を。


「前回のエントリーにおきまして
関係者に対して配慮に欠けた表現がありましたことを
謹んでお詫び申し上げます。」


ま、チラシのウラですから。
炎上するほど読まれていないのに(毎日1ケタ!)
ここまでするのもどうなのよ、と思いますが。


ブログでは本音を吐き出すと
面白いエントリーになることが多いと思う。
言いたいテーマがはっきりしているし
表現もストレートでわかりやすいし。
おっさんのボヤキに似た面白さ。

でもそれは不特定多数に公開されるとタチが悪い。
差別的表現や偏った思想がコトバに顕れることもある。
だから少なくとも公開を前提にしているなら、
ただの「ボヤキ」をちゃんとした「主張」に
昇華させなくてはならないと思うのだ。

…んなこと考えたらブログなんて書けないかも。
案外、ボヤキって胸張って言えることじゃないもんね。


つくづく、文章って難しいと思った次第です。
まだまだチラシのウラの分際だけど
肝に銘じてほどほどにがんばります。
 
 

「いらう」は全国に通じるか 

たぶん大阪とごく一部の限られた地方にしか通じない方言だと思う。

「いらう」

(用例)
「そこをちょちょっといろといてくれたらええねん」
「だれや?ワシの机いろたん
「そんなばっちぃ手ェでいらいな!」

(対訳)
「そこを少しだけ手を加えておいてくれればいいんだ」
「だれだ?私の机(の上を勝手)に手をつけたのは」
「そんな汚い手で触っちゃいけません!」

触る、いじる、手をつける、みたいな言葉―「いらう」。
地元を離れて10年近く、通じないとはわかっていながら
脳内ではこの言葉がまだ生きています。

独立独歩 

チャンネルを回してて、偶然出会った深い言葉。

「自分の道を信じて歩いていれば
誰でもやがて一人だけになる」


本場ドイツでオペラの演出家になった日本人が
彼の師匠から聞いた言葉だそうだ。
その言葉を信じて今の自分がある、と彼は言う。
(うろ覚えなので間違ってたらご容赦を)

自分を信じろ、信念は曲げるな、と。
理解されなくてもくじけるな、と。
最後の一人になるまで歩き続けろ、と。

『第一人者の作り方』とも言える言葉にグッときた。
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